「今に見ていろ!」 82歳・Hさんが痛みと向き合い、もう一度前を向くまで

2026-10-26

「今に見てろ、見返してやる」――Hさんは、こう言って笑う。82歳になった今も、その言葉は彼女の生き方そのものを象徴している。

東北で育ったHさんは、高校の卒業式の翌日に上京した。親に背いて出てきた東京で、「来たからには負けられない」とひたすら働いた。やがて夫と防災用品を扱う会社を立ち上げ、多くの人に支えられて成長した。その過程で腰痛の立ち向かうことになってしまった。

立ち上げた会社は大成功だが、腰痛が始まった

防災用品の会社を立ち上げたのは25年前。大ヒットしたのがたたまれた状態から組み立てられる新しいトイレだった。和式にも洋式にもなる。用を足したら袋だけを取り出し、凝固剤を振りかけると、あっという間にゼリー状に固まり、匂いも消える。体育館の避難所では足腰の弱った高齢者が和式トイレに座れない——その現実から生まれた製品だった。

「それがすごく繁盛したんです。大規模災害が多かったから、テレビでしょっちゅう出てくるようになって、『うちの製品が出てるね』って夫と言い合ってた」

困っている人を助けることができる仕事はHさんに誇りを与えたが、同時に、休むことを後回しにする理由にもなった。

70歳を過ぎてから従業員ごと人に譲った。だが、その会社を支えた日々こそが、朴田さんの腰に負担を積み重ねていくことになる。

頑張り屋のHさんは、出荷が重なれば倉庫から荷物を運び、トラックへの積み込みや対応まで一人で担った。眠らずに動き続けた日もある。「土日にもトラックが来るし大変なことをしたわけよ、私一人で。それで腰を悪くしたの」とHさんは振り返る。

あまりにもひどい医師の言葉に奮起

いつから腰の痛みが強くなったのか、本人にもはっきりとは分からない。痛い日と痛くない日があり、そのうち腰だけでなく右の太ももにも痛みが出た。「ももが一番嫌だった。そっちの方が痛かったね。何が何だかわかんなかったの、最初。そのうち痛くて痛くて歩けなくなっちゃったのよ」

近所の整形外科を受診したHさんは、そこで医師に言われた言葉を今でも忘れない。

「もう一生歩けなくなる。寝たきりになるよ」と言われた。

「なんとか治して頑張りましょうね、って言えばいいのよ。ひどいでしょ。将来寝たきりだよ、もうこの先ないよって。こういう言い方されて、今に見てろ、見返してやると思った」という。

励ますのではなく、将来を閉ざすように聞こえたその言葉に、Hさんは無性に腹が立った。しかし、湿布を貼り続けても痛みはなかなか取れない。別の道を探すことにした。医者に言われた言葉の悔しさにただ反発するためではなく自分のこれからを、自分で決め直すために。

新聞の切り抜き習慣からヒント

新聞の気になる記事や広告を取っておく習慣があったHさんは、腰を痛めた後、腰痛治療の切り抜きも目を留めていた。そのひとつにすぐに電話をかけ説明を聞いた。しかし、自由診療だったため費用もかかる。周囲からは心配の声が上がり、息子も強く反対した。

そんなHさんの背中を押したのは、夫だった。

「一生懸命頑張ってこの背骨を壊したんだから、自分にご褒美だと思ってやれ」

夫の言葉は、費用への迷いを消す魔法ほどではなかったが、これまで自分の体を後回しにしてきたツケを清算する理由になった。結局、夫に連れられて、治療の日を迎えた。

注射が苦手なHさんは、治療当日まで不安だった。長い針を想像し、「失神するかもしれない」とさえ思っていたという。「院長じゃなきゃいやだって言った。一番経験があって上手な人がいい、それじゃなきゃ受けない」と言って院長に頼み込んだ。

治療は30分ほどで終わり、その後しばらく休んでから階段を上り下りして帰宅した。「何でもなかったよ」と話す声は明るい。処方された痛み止めも、本人によれば2錠しか使わなかったという。1週間後にはコルセットを外すよう案内された。体の変化をどう受け取るかは人それぞれだが、湿布のない日常は、生活の景色が変わるほどの出来事だった。

ふさぎ込んではだめ。笑って生きなさい

その後、Hさんはクリニックの関連施設で宿泊型のケアプログラムにも参加した。しかし、食事にはなかなか馴染めず、「すぐに帰ろうと思った」と笑う。おかゆが苦手で、駅の反対側のコンビニまで歩いておにぎりを買いに行った。酒を控えるよう言われても、ビールを1日1本にしてなんとか自分なりに折り合いをつけた。プログラムのすべてを手放しで褒めるわけではない。その率直さもHさんらしい。「でもその施設のスタッフは本当にいい人たちばかりで、こんなわがままな私でも本当にやさしくしてくれました」。

全国から集まった腰痛に悩む患者さんたちとも言葉を交わした。痛みを抱え、不安そうにしている人を見ると、Hさんは自分から声をかけたという。あまりにふさぎ込んで暗くなっているのが気にかかった。

「痛いのは何をしたって痛い。でも、気持ちの持ちようだって。嘘でも笑って。笑えばいい顔になるでしょ」と呼びかけた。

インタビュー時点で、Hさんは腰の痛みを感じていないと話す。以前は毎日貼っていた湿布も、今は使わなくなった。無理をせず、好きな料理を作り、朝はしっかり食べる。孫の成長を楽しみにしながら、夫との日々を大切にしている。痛みが消えたことをきっかけに生活での変化も起きた。体の声を聞き、休むことも選べるようになったという。

Hさんは 最後にこう付け加えた。「やると決め、治してくれって言えば、そういうふうになるんです。運命は」。

痛みがあったからこそ、Hさんは自分の人生をもう一度、自分の足で選び直した。医師の厳しい言葉に悔しさを抱いた日も、思うようにならない自分の身体に戸惑った日もある。それでも最後に残るのは、「今に見てろ」と前を向く力だ。そして、笑って生きることを、自分にも同じ痛みを抱える人たちも勧めながら。

注記:本記事は本人へのインタビューおよび提供資料を基に構成した個人の体験談です。症状、診断、治療の適応や経過には個人差があります。治療を検討する際は、医師の診察・説明を受けたうえで判断してください

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